渋沢栄一の教え

新1万円札の顔になることで、かなり注目浴びていることと思います。

『論語と算盤の一致』

明治から大正にかけ、日本に近代経済社会の基礎を作った実業家、渋沢栄一。日本で初めて銀行設立、株式制度の導入など、「日本資本主義の父」と呼ばれた人物です。

彼は、中国の古典「論語」にある道徳と、金儲けである経済という、一見相容れない2つを融合させることこそ、日本の発展に不可欠であると主張しました。

「道徳経済合一説」とも呼ばれ、利益を独占するのではなく、国全体を豊かにする為に、富は全体で共有するものとして社会に還元することを説くと同時に自身にも心がけていたようです。

「論語」を読むことで、自分の徳を積むことができるようになっても、経済的な概念が欠けていては、その徳を持続させることも厳しくなります。

また、金儲けに長けていれば富を築くことは容易かもしれません。しかし、人徳に欠けていれば、せっかく築いた富に持続性を保つことができなくなるという理論です。

ようするに、道徳と金儲けの2つに精通する必要があるということです。新たな経済秩序を模索せざるを得ない昨今、この言葉には大きな意味を感じますし、我々の目指すものであると確信しています。

ブロックチェーン、AIでは簡単には判断できない道徳という概念は、人間にとって「最後の砦」なのかもしれませんね。

コメント
ビジネスは、修養よりも攻めの要素が大きいので、論語とは相反するところがあります。
元々、統制が取れない中国人のような勝手気ままに振る舞う国民性を抑えるために儒教文化が発祥しました。
ただ、その教えが綺麗すぎて、本場では衰退し、今ある中国の儒教は、日本の漢学者が作り上げたものを逆輸入しているほどです。
日本の漢学者は、大変偉大です。
日本という国は、孔孟思想でも老荘思想でも、良いものは残っていきます。
論語は、2000年以上も残ってる古典ですから、無駄なものは削ぎ落とされた叡智の結集のような書物です。
そこから学べば、人間成長に活用出来きますね。
特に経済活動が主体の人類なわけですから、それを通して人間成長していくしかありません。人間て愚かな動物なので、ビジネスだけというのであれば、間違った方向に向かってしまう恐れがあります。そこはやはり論語のような性悪説が必要です。
(ワン太郎の持論としては、組織、企業運営は性悪説、人材育成は性善説が良いと思います。一流になればなるほど、この使い分けが見事に出来る気がします。)
上っ面だけの理解だと、美しいビジネスになり過ぎてしまう傾向があるので、何事もバランスが必要ではありますが、知っているのと知らないのとでは、人間的厚みに違いが出ます。
渋沢栄一の『論語講義』も良いですが、読みやすいのは、下村湖人の『論語物語』がおススメです。
論語をまだ読んでない若者はそこを入口として深めてみてください。
活人禅のみならず、活人論語とでも言えましょうか。
Mr.Oちゃんも仰る通り、ハイテクハイタッチの時代だからこそ、心に教養がないとこれからの時代は厳しくなるのでは…。
一万円札に渋沢栄一とは、そういうメッセージも込められているような気がします。
(追記:ワン太郎より)

参加しましたー^_^

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