馬を所有して

Winning horse clubで所有した馬は、このブログでも紹介されましたし、C J Impactでも紹介されたのかと。。。。

しかしながらもっとたくさんの人に知ってもらいたいと思って中学、高校、そして大学の同級生などにも送ってみたところ。。。。

食いつきが今までとは違う(^^)

特に競馬をやっている人、馬主権利を持っている人がいたみたい(笑)

馬の名前を聞かれて、出走が決まったら購入するとのこと。応援馬券

これを中国で広げるのは、簡単な気がしています。

あとはコミュニティの作り方

幸い、日本は本当にいい人たちが集まってくれています

日本の衰退産業を活性化させること、そして日本の秀でたサラブレッド生産技術を世界に広く示すことなどにも興味を持ってくれています。

馬を大事にする気持ちは、実は中国人は日本人以上です。

戦国時代をずっと馬に乗って生活していた人たちですから、馬はパートナーです。

コインのことなど全く考えず、ただひたすら事業をきっちりやることだけを考えて活動していれば、自ずとコインにも良い結果をもたらすと信じています。

今年こそロケットスタートです(^^)

コメント
ワン太郎です。

またまたOちゃんのコメント欄を借りて、全然関係ない酔っ払いの話しで、長いので読むのスルーしてくださって良いです^_^

今日は、新年初のお酒を飲んでます。

もちろん一人で。

正月は、ずっと勉強してました。

正月は、絶好の勉強のチャンスですから、毎年、嬉しいのです。
親しい人は皆、田舎に帰ってましたから、遊ぶ相手もなく。

今日は、正月気分も明けましてお目出度く、久しぶりに「響」を飲んでます。
この「響」は、Mr.Oちゃんのもつ鍋屋で、売ってくれました。

酔ってます。かなり。

と言いつつも、

西郷隆盛の座右の銘、佐藤一齋の『言志四録』を読んでます。

佐藤一齋といえば、初代、東京大学の学長。
いわゆる幕末の昌平坂学問所の初代校長です。
朱子学、陽明学の両刀遣いでした。
日本を代表する漢学者です。

佐藤一齋の『言志四録』は、なんと美しい言葉と表現力なんでしょう。感動します。
ただ、吉田松陰の『講孟箚記』ほどの、ほとばしる大和魂は感じられません。

たぶん、「頭」で書いただろ?笑。ピンポーン^_^

大塩中斎が、晩年の一齋に手紙を出したときも、老化を理由にほとんど回答しなかったというのが情けない。吉田松陰なら、回答するだろ。

「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ 大和魂」(吉田松陰)

ナンタルチアサンタルチアです。

佐藤一齋には、明治維新の志士たち、吉田松陰、高杉晋作、西郷隆盛、伊藤博文、山岡鉄舟、大久保利通etc.を始め、孫弟子含め、3000人の弟子がいたにもかかわらず、晩年くらい、臨済和尚や白隠和尚を見習って「喝」入れよと。

ところで、ワン太郎は、酔ってます🍶

中でも、

「小にして学べば壮にして成すあり。壮にして学 べば老いて衰えず。老にして学べば死して朽ちず」

は、なるほど、と思いますね。

ただ、

「壮にして学べば老いて衰えず。」

は、なかなか難しいです。

壮は中年です。
ワン太郎と同じく中年。

目の前に仕事があるとします。
働き盛りでもある。
壮となると、どうしても仕事が中心になり、仕事だけに向かい、プラス何かの学びには関心を払わなくなる。
また、一所懸命に仕事をしていると、学んでいるような気持ちにもなるものです。

しかし、それは錯覚です。
そのことは定年になってそれまでの仕事から離れる状況になった時にはっきりするでしょうね。

それまでの職場を離れてみると、自分の中に次に向かっていくものが何も蓄積されていないことに気づき、呆然とするのです。

これは、壮にして学んでいなかった証拠です。
ワン太郎は、そういう人を何人か知らないわけではないです。

でも、先日、すごい人に出会い、一緒に飲みました🍶
前職の保険の外交とは思いもつかない全く異業種のブロックチェーンという仕事の第一線で活躍して、日本のエリート(コンサルタント)100名に選ばれてるTさん。

ほんと、凄いですよ。

壮にして学んだ結果、違う職場でも活躍できるのでしょう。

普通、熱心に仕事をしていれば、新しい知識は入ってくるし、技術も身につく。そこで学んでいるように錯覚しがちですが、それは即学びではありません。
長年やってきて、あるポジションに就けば、それが大であれ小であれ、それなりの権限や権威を身に付けることになります。
そこでつい、満足してしまう。

そこから出てくるのは自惚れであり、傲慢なんですね。
傲慢は人を学びから遠ざけます。
傲慢に取り憑かれた人は、自分は学んでいるとよく口にするものですが、それは学んでいるつもりになっているだけ、というのがほとんどでです。

器の小さい人間はちっぽけな権限や権威でいっぱいいっぱいになってしまい、それがすべてのように思ってしまいます。

それが傲慢です。

器の大きい人間は自分がいまだ及ばざることを知っているから謙虚になり、学び続けることになります。

まあ、いずれにしろ、壮にして学ぶのは難しいのです。
でも、何歳になろうと、謙虚に学ぶ姿勢を持ちたいですね。
読者の皆様とともに、お互いにネ^_^
(ワン太郎より)

参加しましたー^_^

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